No.17

紅い薔薇の棘の訳


 昔々の御話です。

 或る国に、王様と御妃様がおりました。

 其の国は何不自由なく暮らせる良い国でしたが、一つ、問題がありました。次に国を治めてくれる人……王子様、お姫様が居ないのです。

 跡継ぎのことに関わらず、子供が居ないのはとても寂しいことでした。

(ああ、わたしたちに子供が居たら。)

 どんなに生活が華やかになるだろうと、王様と御妃様は焦がれていました。

 ある日、御妃様が水浴びをしていたときのこと。突然、一匹の蛙が現れて、御妃様にこう告げたのです。

「貴女様の願いは叶います。一年以内に娘御が生まれますぞ」

 御妃様が驚いているうちに蛙は立ち去りました。

 しかし、蛙の言ったことは本当になりました。しばらくして、女の子が生まれたのです。

 国民には、そう告げられました。

 元気に生まれた王女。

 もちろん父親は王様。しかし、其の母親は、御妃様ではありませんでした。


 そうであろうと、娘の存在ができた二人は嬉しくて、お祝いのパーティーを開くことにしました。

 たとえ本当の子でなくとも、惜しみない愛情をかけようとしていた御妃様は、占い女を呼んで、運の贈り物をもらうことを提案しました。

 占い女とは、不思議な力を持つ女の人で、人に運を授けてくれるのです。

 提案に乗った王様は、占い女を呼ぶことにします。

 その国に居る占い女は全部で十三人。しかし、特別なもてなしの金の皿は十二枚しかありません。なので、一人は呼ばれませんでした。

 お祝いのパーティーはすばらしく華やかに行われました。

 そして最後に、占い女の贈り物が授けられます。

 一人は良い心を、一人は美しさを、一人は綺麗な声を。また、利口さ、お金持ちの幸せ、人が欲しがる、ありとあらゆる幸せを送りました。

 そうやって最後の贈り物が送られようとしたそのとき。ふいに、呼ばれなかった占い女が現れました。

 彼女は、自分だけが呼ばれなかった恨みを晴らしにきたのです。

 驚いて固まっている皆を無視し、彼女は誰にも挨拶せず、つかつかと王女のもとに寄ると、

「王女は十五になったら、つむに刺され、そして死ぬ!」

 そう叫び、見向きもせずに立ち去りました。

 誰も彼も、王女に向けられた呪いの言葉にぎょっとしている中、まだ贈り物を送ってない占い女がいいました。

「わたくしには呪いを解くことはできませんが、軽くすることならできます。姫君は死にません。ただ、百年もの間、眠るだけです」

 そうして祝いの会は終わりましたが、王様たちの不安は除かれません。そして、王様は命令を出し、国中にあるつむを、全て焼いてしまったのです。


 十一人の占い女に与えられた幸せを備え、王女はすくすくと育ちました。

 夕陽のような金色の髪。明るい昼の空のように青い瞳。ルビーのような紅の唇。其れに加えて優しく穏やかな性格。

 彼女を見たものは誰もが彼女を好きになりました。

 しかし御妃様は其れを見て、だんだん王女が妬ましくなってきました。

 もともと自分の子ではないのです。其れを知っていて、なぜ愛情をかけなければならないのです。


 一見華やかに見えた国王家族。
 王女に向けられた愛情は、努力も儚く、偽りと成ってしまいました。


 王女が十五に成ったある日のことです。

 たまたま、王様と御妃様は出かけていました。

 王女は退屈で仕方なく、城をあちこち見回り、とうとう、見てないのは古い塔だけになりました。狭い螺旋階段を登り終えると、小さな戸口が見えます。

 戸には錆びた鍵がかかっていましたが、ノブを回すと直ぐに開きました。

 小さな部屋の中では、老婆がせっせと糸を紡いでいます。

「こんにちは、おばあさん。なにをしているの?」

 王女は訪ねます。

「糸を紡いでいるのですよ」

 老婆は答えました。

「そうなの? それはなぁに?」

 返事ついでに王女はまた質問します。

「貴女様がつむを知らない理由をお教えしましょうか」

 返ってきたのは返事のようで返事でない答え。

「それはつむと云うのね。理由があるの? なら教えてちょうだい」

 王女は特に深く考えずに返事をしました。

 老婆はしわがれた声で語り始めます。

「貴女様が生まれたとき、王様と御妃様は大層喜びました。しかし、御妃様は素直に喜べなかったのです。何故だかわかりますでしょうか」

 王女はすぐに答えました。

「わからないわ」

「それならば今まで貴女は幸せだったのですね」

「いいえ。違う」

 其の答に老婆は驚きます。

「その……なんだか違うのよ。お父様もお母様も、わたしのことを愛してくれてるのに、そうではない感じがするの。なんて言えば良いのか分からないけれど……。」

 戸惑いながらも王女は答えます。其れに対し、老婆は、

「幼いながらに感じておりましたか……」

と呟きます。

 そして王女のほうを見て、こう言いました。

「御妃様が素直に喜べなかったのは、貴女様が……貴女が、わたしの子だったからです」

 言いながら、老婆の変装を解き現れた、比較的若く美しい女は……なんと、お祝いのパーティーに来た、十二人目の占い女でした。

「嘘……貴女が、わたしの本当のお母様なの……?」

 驚いた王女は、其れと共に泣き崩れました。しかし、顔立ちが彼女に似ているのは自分でもわかります。

 嘆く娘を目にしながらも、占い女は話しかけました。

「貴女は、本当に愛してくれる人が欲しいですか?」

 其れに対し、王女は涙に濡れた声で答えます。

「あの愛情が偽りだったと云うのならば、本当の愛情を教えてくれる人が欲しいわ……」

 王女を見ながら、占い女は想います。娘の為と思って離れたのに、為にならないのならば、運命に従うべきだと。

 そう決心すると、王女の涙を拭いながら、占い女はこう言いました。

「貴女を本当に愛してくれる人に出逢いたいのなら、そのつむに触れなさい。そうすれば、愛してくれる人に出逢えるわ」

 直ぐに意思を固めた王女は、

「そうさせて、いただくわ」

と、言い、自らつむに触れました。

 そして、其の指はつむの先に刺さり、あの呪いは本当に成ってしまいました。

 倒れた王女を、近くに用意して在ったベッドに寝かせて身なりを整えて、その寝顔を見つめながらも、占い女は言いました。

「……さて、後片付けをしましょうか。このままでは周りの人々が騒いでしまう」

 戸に向かった彼女は、一度だけ振り返り、こう言いました。

「愛してるわ。一度だけでも、話せてよかった……。ローザ」

 そうして扉は閉められ、およそ百年もの間、開かれることは無かったのです。


オリジナル

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