No.16

プラスチックの指輪


「結婚しよう」

 プラスチックのおもちゃの指輪。五歳だったあの頃のわたしは、五歳なりにとても嬉しかったのを覚えている。
 ふわふわした気持ちで指輪を持って帰って、お母さんに報告した。

「さいちゃん、ひろくんと結婚するの!」

 お母さんはちょっとびっくりして、それから笑って説明してくれた。

「さいちゃんはまだ小さいから結婚できないのよ」
「そうなの?」

 それまではこれは婚約指輪だね、と教えてもらった。こんやくはよくわからなかったけど、約束の印だということはなんとか理解した。

 ひろくんとは小学校が離れてしまった。親も連絡先を知らなかったので、それっきり。でもわたしは心のどこかで信じてた。十六歳になったらひろくんが迎えに来てくれるって。


 あれから十年が経って、結婚の年齢は十八歳に引き上げられた。わたしは十六歳になってもひろくんが迎えに来てくれなかったのを、十八歳になったから、と言い聞かせていた。

 もうとっくに入らなくなったプラスチックの指輪は、不釣り合いな金属のチェーンを通されてネックレスにされている。なにか不安なことがあったとき、いつも胸元のそれを意識していた。

 別に不安なことばかりじゃない。友達も居るし、家族だって優しい。だけどこの年になってもひろくんのことを想い続けていることは、誰にも言えなかった。

 心がプラスチックの檻に囚われている。力をかければ壊れそうにも思えるのに、それをしないのは、わたしがそのほうが落ち着くからだ。

 このまま十八歳が終わったら、わたしは檻から出ることを選ばなきゃいけない気がしていた。

 檻の中の人生しか知らないのに、わたしはどうやって生きていくんだろう。

 プラスチックの指輪には、ヒビが入っていた。


オリジナル

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