No.11

誰文2022


 塾の帰り道。駅までの四分間をゆずの「終わらない歌」を聴きながら帰る。塾は別に嫌いじゃなかったけど、単純に疲れる。受験を控えた中学三年生の冬にはそれなりの緊張感があって、この曲を聴きながら帰るとなんだか良い感じのエンドロールを見たような気持ちになれた。
「ねえ、音漏れしてるよ」
 そう教えてくれたのは私より背の低い男の子だった。慌てて操作しようとしたら「そのままでいいよ。おもしろい曲だよね」と話しかけてきた。
「こんな時間に歩いてたら、危ないよ」
「四分だけだから大丈夫」
 その子は現れるときもあれば、来ない日もあった。塾は毎日あったけど、確実に合えるわけじゃないから、私はいつも曲を掛けたままその子と会話することになる。
 あの子と話すのは楽しかった。だから自然と足が遅くなる。いつもは曲が終わるころに着いていたのに、あの子と話すと曲が終わっても駅に着いてなかった。でもなぜか、曲が終わるころにはいつもあの子は居なくなっていた。
 その日はあの子と会った瞬間に、曲を止める動作をした。声がちゃんと聴きたくて。スマホの画面から顔を上げたとき、その子はもう居なかった。それからもう、二度とその子は現れなかった。

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